こんにちは。
アシスタント1年目の久保のです。
今回は、これまで担当させていただいたカットモデル3名の施術を通して感じたこと・学んだこと・反省点をまとめた総振り返りブログを書こうと思います。
正直に言うと、カットモデルに入る前は
「ちゃんと切れるだろうか」
「お客様に満足してもらえるだろうか」
と不安な気持ちの方が大きかったです。
それでも実際に3人のモデルさんを担当させていただき、
技術面だけでなく、接客・カウンセリング・心構えまで多くの学びがありました。
これからカットモデルに入る方や、同じ1年目アシスタントの方にも少しでも参考になれば嬉しいです。
カットモデル施術の目的
私がカットモデルに入るうえで意識していた目的は、主にこの3つです。
- カットの基礎技術を実践で身につける
- カウンセリング力を高める
- お客様目線での「満足」を考える
レッスンでウィッグを切るのと、実際に人の髪を切るのとでは、
緊張感も責任感もまったく違うということを、改めて実感しました。
施術前に感じたこと
施術に入る前は、毎回少なからず緊張がありました。
同じ「カット」でも、
髪質・骨格・生えグセは一人ひとりまったく違います。
この時点では、
「どう切るか」よりも
「どう受け取ってもらうか」
を強く意識していた気がします。
施術前の状態(Before)
それぞれのモデルさんが抱えていた悩みや、
髪の状態は本当にさまざまでした。
施術を通して向き合ったこと
カット中は、技術的なことを考えながらも、
常に「今どう見えているか」を意識していました。
同じ長さでも、少しの角度や引き出し方で印象が変わること。
その難しさと、奥深さを改めて感じました。
仕上がりを見て感じたこと
カットが終わり、鏡で仕上がりを確認した瞬間は、
毎回ほっとする気持ちと同時に、「ここはもっとこうできたかもしれない」という思いも浮かびました。
仕上がり(After)
大きく変えすぎず、それぞれの髪が少しでも扱いやすくなるよう意識しました。
経験を重ねる中で改めて感じた難しさ
カウンセリング
これまでにもカットモデルの施術経験はありましたが、改めて感じたのは、カウンセリングの深さが仕上がりに直結するということでした。
「バッサリ10cm切りたい!」一見シンプルなオーダーでも、その言葉の中には、普段のスタイリング方法や、どこに悩みを感じているのかといった背景があります。
そこまで想像しながら質問できていたかというと、まだ足りなかったなと感じています。
施術を重ねる中で見えてきたこと
施術の流れ自体は理解しているつもりでも、
人の頭を切るとなると、骨格や生えグセ、髪の動きによって、思うようにいかない場面が多くありました。
左右のバランスや、同じ長さで切っているつもりでも見え方が変わってしまうこと。経験を重ねる中で、「知っている」と「できる」の差を
強く感じるようになりました。
少しずつ生まれた余裕
何人かのモデルさんを担当させていただく中で、以前よりも落ち着いて施術できる場面が増えてきました。
切り進める順番を頭の中で整理してから動けるようになり、途中で長さやバランスを確認する余裕も出てきたと思います。
それでも、毛先の質感や顔まわりの繊細さなど、細かい部分にはまだ甘さが残っていて、
「もっとできたはず」と感じることも少なくありませんでした。
技術と向き合いながら、人と向き合う
施術を重ねるにつれて、「切ること」だけに集中するのではなく、目の前の人と向き合うことの大切さも感じるようになりました。
会話のタイミング、声のかけ方、鏡越しに見る表情。
安心して任せてもらえているかどうかは、
こうした細かな部分にも表れているのだと思います。
施術中に自分が1番意識していたこと
カットモデルの施術中、自分の中で常に意識していたのは「正解を出すこと」よりも「雑にならないこと」でした。
正直、技術的にまだ完璧ではないからこそ、
スピードや仕上がりに自信が持てない場面もありました。
それでも、
・コームの入れ方
・シザーの角度
・立ち位置
一つひとつを丁寧に行うことだけは、
絶対に崩さないようにしていました。
慣れてくると流してしまいがちな部分こそ、
自分はまだ丁寧でいるべき段階だと思っていたからです。
「人の髪を切る」ということの重さ
ウィッグとは違い、モデルさんの髪は二度と元には戻りません。
切り落とした瞬間、その人の時間や気持ちも一緒に預かっている感覚があり、毎回、ハサミを入れる前には一呼吸置くようにしていました。
たとえモデル施術であっても、
「練習だから」という気持ちは持たない。
それが、自分の中での小さなルールでした。
仕上がりを見た時の正直な気持ち
仕上がりを鏡で確認する時間は、嬉しさと悔しさが混ざる、少し複雑な瞬間でした。
モデルさんが「いい感じですね」と笑ってくれると、心の底からほっとしました。
一方で、鏡越しに見る自分のカットに
「ここ、もっとできたな」
「ここは甘かったな」
と気づく部分もあり、
完全に満足できたことは正直一度もありません。
でもその感覚は、投げやりなものではなく、
ちゃんと向き合ったからこそ出てきたものだと思っています。
モデルさんとの距離感について
施術を重ねる中で、
モデルさんとの距離感の取り方も
少しずつ変わっていきました。
最初は
「ちゃんとしなきゃ」
「失礼がないように」
と考えすぎて、
どこかよそよそしくなっていた気がします。
ですが、
必要な説明はしっかりしつつ、
雑談も交えながら施術できるようになると、
お互いに自然な空気感が生まれました。
その空気感があるだけで、
施術全体がスムーズになることを実感しました。
周りの支えがあって成り立っていたこと
カットモデル施術は、決して一人で完結するものではありません。
先輩に見てもらったり、アドバイスをもらったり、声をかけてもらったり。
直接言葉を交わさなくても、同じ空間に誰かがいるだけで安心できた場面も多くありました。
当たり前のように感じていた環境が、実はとても恵まれていたのだと、今は強く感じています。
上手くいかなかった日の帰り道
すべての施術が、自分の中で納得できたわけではありません。
帰り道に「あそこは切りすぎたかも」
「もっとこうすればよかった」
と考え続けてしまう日もありました。
それでも、何も感じずに終わるより、引きずるくらい考えられたこと自体が、自分にとっては大切な時間だったと思います。
この経験をどう捉えているか
カットモデルを通して得たものは、技術だけではありません。
・責任を持つこと
・人と向き合うこと
・自分の未熟さを受け入れること
これらは、職種や立場が変わったとしても、
きっと無駄になることはないと思っています。
記録として残すということ
今回こうしてブログにまとめたのは、上手くできたからでも、誇れる結果が出たからでもありません。
ただ、自分が確かにこの時間を過ごし、悩みながら向き合っていたことを、形として残しておきたかったからです。
文章にすることで、当時は言葉にできなかった気持ちも、少し整理できた気がします。
改めて、感謝の気持ち
カットモデルとして協力してくださった方々、
そして関わってくださったすべての方に、
心から感謝しています。この経験がなければ、
見えなかった景色や、感じられなかった感情がたくさんありました。
カットモデルという形で人と関わった時間
カットモデルという関係性は、お客様とも、友人とも少し違う、不思議な距離感だと感じていました。
完全にプロとして完成された立場ではないけれど、それでも髪を任せてもらう以上、中途半端な気持ちではいられない。
その曖昧さの中で、自分なりに「どう向き合うか」をずっと考えていた気がします。
施術が始まると、会話をしながらも、心のどこかでは常に緊張がありました。
それは不安というより、「ちゃんと向き合えているか」という確認のような感覚でした。
髪型が変わることで生まれる小さな変化
大きなイメージチェンジではなくても、毛量が軽くなったり、毛先が整ったりするだけで、人の表情が少し明るくなる瞬間があります。
鏡を見たときの、ほんの一瞬の反応。
その小さな変化を間近で見られたことは、とても印象に残っています。
自分の技術が、誰かの日常に少しだけ影響を与えている。
その事実は、嬉しさと同時に、身が引き締まるような感覚もありました。
迷いながら進んでいた日々
正直なところ、カットモデルに取り組んでいた期間は、技術面だけでなく、気持ちの面でも揺れることが多かったです。
「これでいいのかな」
「自分は向いているのかな」
そんな問いが、ふとした瞬間に頭をよぎることもありました。
それでも、目の前のモデルさんと向き合っている間は、余計なことを考える余裕はなく、ただ必死に、その時間に集中していました。
今振り返ると、迷いながらでも手を止めなかったこと自体が、自分なりの答えだったのかもしれません。
正直なところ、
カットモデルに取り組んでいた期間は、
技術面だけでなく、
気持ちの面でも揺れることが多かったです。
「これでいいのかな」
「自分は向いているのかな」
そんな問いが、
ふとした瞬間に頭をよぎることもありました。
それでも、
目の前のモデルさんと向き合っている間は、
余計なことを考える余裕はなく、
ただ必死に、
その時間に集中していました。
今振り返ると、
迷いながらでも手を止めなかったこと自体が、
自分なりの答えだったのかもしれません。
うまく言葉にできなかった気持ち
当時は、自分が何を感じているのかを、うまく言葉にできていませんでした。
忙しさや緊張の中で、感情を整理する余裕がなかったのだと思います。
こうして時間が経ってから文章にしてみて、
「あの時、こんなことを考えていたんだな」
と、初めて気づく部分もありました。
経験は、その場で完結するものではなく、後から意味を持つこともあるのだと感じています。
この時間が自分に残したもの
カットモデルの経験は、決して派手な成功体験ではありませんでした。
それでも、真剣に向き合った時間、悩みながら考え続けた過程は、自分の中に確かに残っています。
何かを途中で区切ることは、決して無駄ではなく、その時間があったからこそ見える景色もある。
今は、そう思えるようになりました。
施術を終えた後に残っていた感覚
施術が終わり、片付けをして、お店の空気が少し落ち着いた後、ようやく自分の中でも緊張がほどけていく感覚がありました。
その瞬間に残っていたのは、達成感よりも、
「終わった」という静かな実感でした。
うまくいった点も、反省した点も、その場でははっきりと言葉にできず、ただ頭の中でぼんやりと振り返っていた気がします。
家に帰る道すがら、ショーウィンドウに映る自分を見て、「今日も一日ちゃんと向き合ったな」と、少しだけ思えたことを覚えています。
数字では測れない経験
カットモデルの施術は、件数やスピード、完成度といった数字で評価されることが多いですが、自分の中では、それだけでは測れないものが確かにありました。
緊張の中で集中していた時間、人の髪に触れるときの慎重さ、鏡越しに相手の表情を確認する瞬間。
そうした一つひとつが積み重なって、この期間を形作っていたのだと思います。
今、こうして振り返ってみて
こうして改めて文章にしてみると、当時感じていたよりも、ずっと多くのことを考え、感じながら過ごしていたことに気づかされます。
カットモデルとして過ごした時間は、自分の中で確かに一つの区切りとなりました。
それは、終わりというよりも、「ここまでの自分を認める」そんな感覚に近いものかもしれません。
このブログを書きながら、当時は必死で気づけなかった感情や、後からじわじわと残っていた感覚を、少しずつ言葉にすることができました。
完璧ではなかったけれど、中途半端でもなかった。
そう思える時間を過ごせていたことは、今の自分にとって十分な意味を持っています。
この記録が、あの時の自分が確かに向き合っていた証として、静かに残ってくれたら嬉しいです。
この時間を通して得たものは、特別な形をしていなくても、確かに自分の中に残っています。
それだけで、この経験は十分だったと、今は静かに思えています。
ここまで書き切れたこと自体が、あの頃の自分への一つの答えになりました。
そう思える今が、少し誇らしいです。心から。




